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長いことご無沙汰しまして申し訳御座いません。

去年の10月20日北海道稚内市大字宗谷宗村字増穂1086番地
にグレ-ト小鹿の森を【稚内ファクトリ-】様の御行為によりスタート
出来ました、

今年はいろんな人たちとお会いして行こうと思っています、先日は
熊本市西区にある城山保育園にサクラの苗木を植えて来ました、

この事は子供たちが元気に育って欲しいと願いを込めた希望であり
又・夢でもあります、これからも頑張って行きますので宜しくお願いします。
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1,391枚の硬貨の重さ

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ゆうちょ銀行へ行って重い袋を差し出して「お願いします」とカウンターの上に上げると女性の社員が「御苦労様です」と受け取ってくれる。
自分が思うにはこの枚数には一枚一枚の思いがこもっている。
今いろんな業界で活躍しているみんなはその立場たちばで社会貢献をしている。

一部の方々は大変な苦労をして活躍しているがまだまだその世界で出来る事があるのではないか?と自分は思っています。
誰しもは参加したいと思っているがもう一歩前に進まない此れが本心だと思う。
今回自分がパンフレットでお願いしている姿を見ていた選手たちが一緒になってお願いをしてくれていた。

はっきり言って自分も自信が有った訳ではない。
今日の写真に有るように小林選手・河上選手などが募金箱を持ってお願いしてくれていた。
俺もそうだが初めは照れ臭く声が半分より出てこない。
彼らもそうだと思う。でも彼らの行動を見て他の選手たちがおこなって行く可能性はまだまだあると思う。

もうひとつ小鹿がおこなった事なら誰でも出来る?このような考えが浸透すれば社会の為に絶対良い事だ。
何時の時代にも旗降り役が居てみんなを奮い起たせてやる。
そんな世の中になって欲しいしなって貰いたい。
今回預からして貰った1,391枚の硬貨の重さは自分を励ましてくれたし勇気を貰った気がする。

頑張ります。全国に「子しかのもり」をつくります!

有り難うございました!

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大日本にぎわい座を初め、京都・大阪各会場などでお客さまにパンフレットを配布して、募金箱を手に持って募金活動をさせていただきました。

試合いが休みのA・小林や元大日本プロレスの選手だった井上勝正さんが会場に来てくれていた。もう一人山川竜司さんも来ていてNPO募金箱の前でパチリと一枚。休憩時間に募金活動をさせて貰いました。

お蔭様でたくさんの方々からご協力ご寄付を頂きまして誠に有り難うございました。

幼稚園児・小学生から高年齢の皆さままでご協力を頂きました。
幼稚園児のお子さんは背伸びをしてまで募金箱に手を差しのべて入れてくれた事には胸を打たれました。
このお金はこの子供たちが自分の年齢になった時に役にたっているかは自分にも分かりませんが?期待したいと思っています。

お伝えした通りゆうちょ銀行に入金させて頂きました。
本格的に募金活動を始めたのが今月からです。
此れからもたくさんの地域へ行って皆さまのご理解を得ながら活動をしたいと思っています。
また、お逢いできた皆さま・受け取っていただきましたパンフレットの裏側の、自分の似顔絵の所にゆうちょ銀行の口座番号がございますので御賛同・御協力頂ける方々がおりましたら募金を宜しくお願いいたします。

ファンの皆さまありがとうございます!

向日葵を植えるプロジェクト

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去年始めた向日葵を植えるプロジェクト「チームグレート小鹿」が 6月7日(日) に決まりました。
たくさんのボランティアの方々に参加していただきたいと思っています。

東日本大震災から四年目を過ぎた今風化去れないようにとの思いから継続する事を願いながらです。
今回は去年と少し違う形になりそうな気がします。
自分が望んでいた中学年の生徒さんたちが参加してくれる見当もつき、第一目標が達成される事を今から楽しみにしています。たねを植える時の嬉しそうな子供たち顔が浮かんで来ます。

自分が理事長を務めているNPO法人「資源を増やす木を植えましよう」も皆さんから「頑張れ―」の言葉をたくさん頂き嬉しさ一杯です。

今年は利尻-礼文島2ヶ所で植える予定です。

此れからいろんな難題が出てくると思うがひとつひとつ クリアして行こうと思います。
何故離島なのか?といろんな方々から聞かれるが、ひとつに国境の島は夏が短く時期的に6月から10月の初くらいまでしか植えれないのではないか?自分のはな垂れ小僧の頃は魚介類がたくさん捕れて最高の漁場で有った。もしこの地域で資源が回復して来たら?の夢を抱く今の俺です。

関係者の皆さんは海温が高くなったとか潮の流れが替わった・海藻が無い等・・・いっぱい自分に取って聞きたくない言葉が耳に入って来るが、誰かが旗降りをしなければ本当に駄目になる市町村が出てくる。

簡単に言えば皆さんと一緒に木を植える。
この木が孫・ひ孫の時代に山から水が海に流れる。
その水からプランクトンが発生する。
プランクトンを食べる小魚が来る。
小魚を食べにいろんな魚が来る。
地域に富をもたらすではないだろうか。

有難う御座います

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先日、大日本プロレス仙台・横浜大会で皆さんにお願いして頂いたお金を郵便局に入金してきました。
有難う御座います。

横浜では寝不足な目をしていた自分を笑顔で迎えられて少し照れくさい様な俺で有ったが入口で一人ひとりパンフレットを受け取って貰いながら “自分の気持ちが分かって欲しい” と心で思いながら渡して居ましたが、心配をよそにかわるがわるに試合いを頑張ってくださいと励まされて元気を貰った俺で有った。

約、二千枚のパンフレットを配布してから自分の試合いでした。
やはり此処横浜文化体育館は自分に取って一味違う雰囲気を感じる所でした。俺が忘れようにも忘れられない二十年前の旗揚げ戦の会場。
フゥ~と息を吸って居ると昭和の匂いが只寄って来るように感じるこのリング上

この日は六人タック試合いで有ったが何の間違いか相手側に木高イサミ選手が入って居る。俺たちと戦う相手では無いだろう?と思えば思う程にこの野郎と燃えてくるもう一人の俺が居るのに気が付く。やがてリングベルが成った。俺を呼び出して居るのがイサミ選手。小鹿コ-ルが起きたら引っ込む訳にはいかない!
この日感じた事はとにかく柔らかい試合運こびをする選手だった事に気が付いた。長い間デスマッチのベルトを巻いて居ただけ有る。俺も彼らに巻き込まれながら何とか勝利に結び付けれたかなぁ~と思える試合で有った。

休憩時間には、募金箱を持って募金をお願いして居たら嬉しい事に、手を伸ばして届かないが入れようと一生懸命つま先たちをしている子供さんを目にしたときには涙が出てきそうだった。
列をなして並んでくれた皆さんの期待に応える為にももっと頑張ろうと思うこの日の自分で有った。

これからはもっと沢山の地域に行きますので宜しくお願いします。

北海道稚内へ

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今日から嬉しい?強硬スケジュールが始まる、昨夜の天気予報をテレビで見ていたら何にぃ~稚内の最高温度が+一度?東京が二十度オーバ?嘘だろうよ、風邪を引かないように何を着て何を持って行ったらいいの?向こうに着いたら寒いだろうと思い一枚多く重ね着をして電車に乗ったら車内は暑い

上着の中は汗が流れている気分的にはスッキリしないが誰にもばれていない、羽田空港に着いたら直ぐにトイレに駆け込み着ていたシャツを脱いでみた、一枚脱いただけで爽やかな気分になったようだ、これは俺の頭の中で暑い暑いと思う気持ちがかえって先入観を押し付けた結果で有ったかも、

今から機内に搭乗のアナウンスが有ったので後は稚内に着いてからです、空港に着いたら意外と寒くはなく+7度?か、腹ごしらえしてからチェックインにはまだ早いので稚内公園に行って見た、悲しいモニメントが有った、樺太でソビエトから攻められて電話交換手が皆さんこれが最後てすさようなら・さようならと唄ったモニメントには心を打たれました、

その直ぐ側に氷雪の門のモニメントが今にも話しかけて来るように俺を見ていた、公園の中に傘を被った木が有り春を待っていますと俺に訴えているような、回りにはサクラもたくさん有りつぼみが膨らんでいる、地元の人に聞いたら五月の7日くらいが満開?かナア~とかで笑顔を見せてくれていた。


一句、北の街-心に響く-ドラが鳴る、

春遠い-街の公園に-モニメント。

子どもたちの 未来に 夢と希望を

自分が今回特定非営利活動法人「資源を増やす木を植えましょう」設立を考えたのは、年齢的に後何年全国を試合で歩くことができるのだろうか?
周りを見ればプロレス界で一緒に汗を流した人たちが毎年少なくなっていく。
幸い俺は怪我もなく今でもリングに上がらせて貰っている。
元気なうちに今までお世話になった皆様に何か恩返しが出来ないか?
今年で七十三歳になり余り時間が無いが今なら行動を起こせると思いまして登記をしました。


これから日本の課題として高齢化社会問題、各地域の過疎化などたくさんの課題が出てきます。
この問題は国の問題だが自分たちが出来る事なんだろうか?と思ったときに出来る事から自分たちでやり遂げる。
あくまで民間で努力して孫・ひ孫の代に夢と希望を持てる世の中に成るように頑張れないかとの思いです。


今の時代、都会に一極集中型で我が故郷を毎年若者たちが離れていく。
自分の考えとして、若者が都会に憧れて出て行くのは当たり前。
夢を追いかけて来た若者が頑張って二十年経った時に半分くらいの人は都会に住みついて家庭を持っているのではないだろうか?あとの半分の人たちは都会は住み難い?故郷で子供たちを空気の良い所で伸び伸びと育てたい?と思った時に我が町に働く所が無く食べていけないなら帰れない。


自分たちの時代でなく人生の後輩たちが本人の子供または隣近所に暮らしていた友達一家に我が故郷で一緒に暮らしましょうと誘えるかも知れない。
その為にも今は資源が無くても自分たちが植えた木が山から綺麗な水を流してくれてその水が海でプランクトンを育ててそのプランクトンを小さな魚が食べに来てその小さな魚を大きな魚が食べに来れば其処に居る魚を漁師さんが漁獲出来る。
こんな事が想像できるのではないでしょうか。

特定非営利活動法人資源を増やす木を植えましょう 理事長 グレート小鹿
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グレート小鹿

Author:グレート小鹿
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